人生で失敗ばかりしていると、こんな自分は欠陥人間で社会の役に立てないと哀しい気持ちになってしまいますよね。
しかし、いつまでもくよくよしていてはいけません。それではますます欠陥がひどくなってしまいます。
この記事では、自分が欠陥人間だと感じたときに考えたい7つのことを解説します。
苦悩している方は、是非ご覧ください。きっと今までの苦しみから解放されますよ。
目次
欠陥のない人間はいない
まず考えたいのは、世の中に欠陥がない人はどこにもいないことです。
どんなに完璧に見える人でも、欠陥を持った欠陥人間です。
本当に欠陥がない人は、むしろ欠陥がないために人間味が薄いことが欠陥となるでしょう。
ちょっと近寄りがたいですよね。
そのため、欠陥があって周りに劣等感を覚えているとしてもそれは自然なことです。
誰だって劣等感に苛まれつつ、それを隠して生きているんですよ。
欠陥があるからこそ他の魅力が光る
欠陥がある人間だからこそ、自分の魅力がより素晴らしいものに感じられるという考え方もあります。
完璧過ぎる人間だと、すべてがただ完璧なだけなので面白みがないですよね。
例えばいつも学校に遅刻してくるけれど成績がすごく良い人は、「これで遅刻しなければ完璧なのに」と言われがちですが、遅刻するという大きな欠点があるからこそ成績の良さが際立っていますよね。
遅刻している=聞き逃している部分があるにもかかわらず成績が良いなんて、すごいものです。
このように、欠陥があると良さが際立つことは多々あります。
欠陥があるからこそ他の魅力がより輝きます。
自分が欠陥人間だと感じたらまず自分の良い面を見つけましょう。
良い面がわかっていれば、きっと欠陥も受け入れられるようになりますよ。
欠陥は、直そうと努力する人生の目標にできる
欠陥は直したいものですよね。
しかし欠陥はなかなか直せないもので、困りものです。だからこそ欠陥なわけです。
欠陥は、直そうと努力することができます。
欠陥を直して完璧な人間に近づくことが、人生の目標にできますよね。
欠陥を直すために頑張り、もしも欠陥が直せれば、それは素晴らしいですね。
しかし人間にはいくつも欠陥があるものですので、1つの欠陥を解決してもまた別の欠陥が浮かび上がってくるでしょう。
欠陥を直すべく努力していくのが、人生の楽しみになります。
欠陥があることを悪いことだと思わず、頑張って楽しく欠陥直しに勤しみましょう。
欠陥人間であることを受け入れられれば、より完璧な人間に近づける
欠陥人間であることを受け入れられれば、完璧な人間に近づけます。
欠陥がないと思っている人とは、関わり合いになりたくないのではないでしょうか。
欠陥がないと思っている人は、まずそこが欠陥です。
欠陥があると思っていてもないと思っていても人には欠陥があると考えれば、欠陥人間であることを受け入れた方がよほど良いですよね。
自分の欠点を受け入れられれば、完璧な人間に近づくことができます。
欠陥人間でも欠陥を直すべく頑張ることはできますし、まずは受け入れるところから始めましょう。
一人ではできないことも、集まれば乗り越えられるのが人間
一人一人は欠陥を持っていて解決できない問題も、何人も集まることでお互いに欠陥を補い、解決することができるのが人間です。
そのため自分に欠陥があったとしても、集まれば欠陥はないに等しいです。
そして自分が誰かの欠点を補うこともできるでしょう。
欠陥があったとしても、人生はなんとかなります。
欠陥人間だったところで生きていけないわけではない
欠陥があったところで、人は生きていけないわけではありません。
そのため自分は欠陥人間だ!と思ったところで、だから生きていけないことにはならないのです。
欠陥があっても欠陥をなくすために頑張れば良いですし、他の人と助けっても生きていけます。
そして欠陥は、べつに直す必要もないです。
開き直るのはあまり良いことでもないのですが、いままで欠陥があったままで生きてこれたのなら、今後も欠陥があるまま生きていけますよ。
だから欠陥人間だったところで、焦る必要なんてないのです。
余裕を持って生きていきましょう。
欠陥人間であることを周りに何度も報告するのはうっとうしいからやめよう
欠陥人間であることは自分にとってつらいでしょう。
しかしだからといって、自分はこんなにもダメな人間だと周りに言い続けるのはやめるべきですよ。
欠陥人間だったところで死にはしませんし、周りに伝えなくたってみんな欠陥を理解しています。
欠陥人間であることを報告されるのは、周りにとって「それでどうしたいの?」としか思われません。
欠陥は、自分で今後どう対処するべきか決めましょう。自分の欠陥は自分で解決まで導くべきです。
他の人を巻き込んだら、その巻き込みが欠陥以上に迷惑になってしまいますよ。